小坂研究室

研究内容

研究室研究内容紹介 小坂英男 2022年11月

量子コンピュータ

大規模量子コンピュータの実現には誤り耐性を有する万能量子ゲートが不可欠です。Googleによって量子超越性が一部実証されたとはいえ、その実用性は極めて限定的です。現状の量子ゲートの性能では100万量子ビットと非現実的な規模がないと実用的な計算ができませんが、1ゲート当たりのエラー率を3桁減らすと物理量子ビット数を3桁減らせ、現実的な1000量子ビット規模で実用的な量子コンピュータが作れます。そこで当研究室では、高い誤り耐性を自然に備えた独自のホロノミック万能量子ゲートを開発しています。ホロノミック量子ゲートとは、ベリー位相と呼ばれる実数の幾何学位相を量子演算が可能なように可換群(Abelian)から非可換群(Non-Abelian)に拡張したもので、ホロノミーと呼ぶテンソルの形をもつ物理量によって完全(万能)な量子演算を実現します。量子ビットの論理空間と接続した演算空間における周回操作を行うことで、量子ビットの任意基底に任意位相を付与し、環境ノイズや制御エラーに対する高い耐性が得られます。我々は、ダイヤモンド中のNV中心に備わるV型あるいはΛ(ラムダ)型の縮退3準位を用い、レーザ光やマイクロ波の偏光という付加的な自由度を利用することで、量子系と制御場の相対的な周波数、位相、操作時間などの誤りに対する高い耐性と高速な操作を両立する非可換かつ非断熱(Non-adiabatic)なホロノミック万能量子計算の実証に成功しました。従来のホロノミック万能量子計算は幾何学位相のみを使うため、量子計算の基本となる量子フーリエ変換の際に非常に無駄な時間を要しましたが、本手法では動的位相も加味することで最小の時間で実行できます。本手法は超伝導量子コンピュータにも適用され、世界的に広まっています。完全ゼロ磁場での動作は、量子コンピュータの大規模化にも繋がります。また、一つのNV中心にスター状に接続した多数の炭素同位体との量子もつれを操作する最適な量子制御波形の探索に、GRAPE法機械学習法も導入しています。量子的なランダマイズドベンチマーク試験の結果、99.5%以上の忠実度を実証し、現在99.9%を超える高精度万能量子コンピューティングに挑戦しています。
        

本研究は、本研究室が代表を務めるムーンショット研究開発事業で主に進めています。 

量子コンピュータ

量子ネットワーク

量子通信の最初の応用例は量子暗号通信で、東芝などにより事業化が進められているだけでなく、既に韓国のSKテレコムは5Gのネットサービスの一部に量子暗号技術を採用しています。量子暗号通信は、ネットバンキングなどで使われているワンタイムパッド暗号鍵を量子的に生成する共通鍵方式を取ります。現在の暗号方式は素因数分解の困難性に立脚した条件付きの安全性しか保障せず、量子コンピュータにより解読される脅威にさらさせています。一方、量子暗号方式は光子(光を粒に例えたもの)を一つずつ送ることで可能な、量子力学という物理法則に立脚した無条件の絶対的な安全性を保障します。しかしながら、光ファイバーの伝送損失のために、一つの光子を直接配送できる距離はせいぜい100km程度、既設光ファイバーの実環境では数10kmと短く、鍵分散などの古典的な手法と組み合わせる必要があります。絶対安全性を維持し、真に量子的な距離延長やネットワーク状に分岐するためには、量子中継器と呼ぶ量子的なルーターやハブが必須です。量子中継器の実際は、長時間の量子メモリを多数実装した量子コンピュータです。量子中継の動作原理は量子テレポーテーションで、量子もつれ生成完全ベル測定だけでなく量子誤り訂正機能を備えた高度な量子計算が要求されます。光子から量子メモリへの量子メディア変換も量子テレポーテーションを原理とします。我々は、ダイヤモンドNV中心を用い、これらの要素機能の実証に成功しました。各機能は膨大な数の非可換非断熱ホロノミック万能量子ゲートで構成され、量子計算量にして6ビット✕数100ゲートと、NISQ(Noisy Intermediate Scale Quantum Computer)のレベルに達しています。このようなホロノミック量子中継とも呼べる技術により、量子計算における量子超越性と同様に、量子通信における量子超越性の世界初の達成に挑んでいます。量子計算の忠実度だけでなく、量子メモリと光子の結合効率の向上が今後の課題で、最先端のナノ加工技術によるNV中心含有ダイヤモンドマイクロレンズ構造やフォトニック結晶共振器構造の作製に挑戦しています。  

本研究は、本研究室が代表を務める総務省委託研究CRESTプロジェクトの連携で主に進めています。

量子ネットワーク

量子インターネット

量子インターネットとは、量子コンピュータを量子ネットワークで量子的に接続した量子コンピュータネットワークです。この量子的な接続は非常に難しく、まだ世界で誰も成功していません。当研究室では、ダイヤモンドNV中心を用い、計算用量子(超伝導量子や半導体量子)と量子通信に用いられる通信用量子(光子)を量子的に接続する量子インターフェースの開発を行っています。量子インターフェースは量子ネットワークにおける量子中継器とは異なり、異種量子を相互に変換する量子メディア変換を多重に行う必要があります。まず、計算用量子から来るマイクロ波光子とネットワークから来る通信用光子の両方をダイヤモンド中の二つの量子メモリ(炭素同位体の核スピン)に量子メディア変換します。次に、量子メモリ間の量子もつれを完全ベル測定します。結果的に、量子スワップと呼ぶ原理で超伝導量子と通信用光子の双方向の量子メディア変換が完了します。この際に重要なのは、個々の変換効率は低くとも、変換に成功したイベントのみを抽出するヘラルド機能を有することで、完全な量子メディア変換が実現できます。量子メモリを増やすことで、量子誤り訂正も可能です。当研究室では、完全ベル測定、ヘラルド機能、量子誤り訂正の実証には既に成功しており、現在超伝導量子と光子間の量子メディア変換に挑んでいます。超伝導量子が放出するマイクロ波光子は通信用光子に比べてエネルギーが5桁小さく、NV中心との結合効率が極めて低いのが課題です。光子の場を増強するフォトニック結晶共振器とともに、音(振動)を量子化した音子を介することで、効率を5桁向上させるフォノニック結晶共振器の作製にも挑んでいます。また、光ファイバーの伝送損失が少ない赤外光からダイヤモンドが吸収する可視光に量子性を維持して波長変換する、同種量子間の量子メディア変換も同時に開発しています。  

本研究は、本研究室が代表を務めるムーンショット研究開発事業でおよび総務省委託研究の融合で進んでいきます。

量子インターネット

量子ストレージ

インターネットの普及によりビッグデータや人工知能の発展は留まるところを知りませんが、その発展は大規模ストレージの開発に支えられています。次なる量子クラウドコンピューティングの到来に向け、量子インターネットの開発とともに量子ストレージの開発が望まれます。本研究室では、ダイヤモンドNV中心を大規模に集積化し、各NV中心と弱く相互作用する炭素同位体の中性子に起因する核スピンを量子ストレージとする研究に世界に先駆けて着手しました。当面の課題は、1μm以下に近接したNV中心への個別アクセスです。本研究室では、レーザ光による局所的な非可換非断熱ホロノミック万能光量子ゲートの開発に世界で初めて成功しました。現在はさらに高い精度での量子ゲート操作を目指し、局所性に優れたレーザ光と制御性に優れたマイクロ波を同時照射することで、高いコントラストと高い忠実度を同時に満たすホロノミック万能光シュタルク量子ゲートを独自に開発し、本課題の克服に挑戦しています。光を照射したNVだけに高い忠実度で万能量子ゲートが作用し、他のNVは不変(恒等ゲート)となる選択的量子ゲートの実験を行っています。これにより、量子ストレージとなる核スピンへの選択的量子書き込みが可能となります。しかしながら、核スピンの最大量子ストレージ時間はエネルギー緩和時間(T1)の10分程度であり、DRAMなどのリフレッシュ動作と同様に、量子状態を再生する技術が不可欠です。位相緩和時間(T2)はデカップリング技術で延長できても、エネルギー緩和時間を延長することはできません。エントロピーの増大分を補助量子に受け渡す量子誤り訂正を定期的に繰り返すことでT1限界を超えられるかもしれませんし、あるいは量子テレポーテーションの原理を応用した新たな量子リフレッシュ手法の開発が必要かもしれません。規模的には1Mビットの量子ストレージ開発を目標としており、シュタルク制御光の2次元高速スキャン技術も開発中です。 

本研究は、本研究室が代表を務める科学研究費基盤研究(S)で主に進めています。

量子ストレージ

量子センサー

ダイヤモンドNV中心は量子センサーとしても活躍が期待されています。本研究室が世界に誇る非可換非断熱ホロノミック万能量子ゲートは、究極的なセンサー感度を達成できる可能性があります。量子コンピュータの開発には外場に対する低い感受性が要求されますが、量子センサー応用では、逆に外場に対する高い感受性が要求されます。本研究室では、不要な環境スピンに対する感受性を下げるホロノミックデカップリング技術を既に開発しており、逆に必要なスピンだけに感受性を持たせる選択的ホロノミックカップリング技術の開発も行っています。本手法では、ラムダ型の3準位で構成される幾何学的量子の縮退部分空間を論理量子ビットして定義するため、通常の動的スピンとは異なりゼロ磁場で動作します。磁場を遮蔽だけで実現できるゼロ磁場では、磁場を要求する通常の量子センサーで問題となる磁場不均一性による制限を受けないため、磁場・電場・歪み・スピン等の超広域・超高感度・超高解像イメージングが可能と期待されます。このようなホロノミック量子センサーは、量子計算や量子通信における量子超越性と同様に、量子センサーにおける量子超越性にも繋がると期待しています。 

本研究は、本研究室が代表を務める科学研究費挑戦的研究(開発)で主に進めており、小坂教授がアドバイザリーボードを務める文科省Q-LEAPプロジェクトへの寄与も期待されます。

量子センサー

勉強会

2019/4/18に開催されたメディア向け勉強会『量子中継ネットワーク』の資料
(2019/4/18に開催されたメディア向け勉強会『量子中継ネットワーク』の資料はこちらから。)  
量子情報物理小坂研究室では、量子情報物理学という新しい学問を生かし、皆さんの大切な情報を守るべく、原子間の光子を介した量子テ レポーテーションにより、安全な量子もつれネットワークの実現を目指した研究をしています。量子情報テクノロジーは、量子通信・量子計算・量子シミュレー タ・量子センサーなど、近未来の情報社会を支える夢の技術として期待されています。
当研究室では、モノのインターネット(IoT)や人工知能(AI)技術を支える超スマート社会のプラットフォームの構築に向け、光・量子技術による破壊的 イノベーションの創出を目指しています。また、革新的な計測技術、情報・エネルギー伝達技術、微細加工技術など、様々なコンポーネントの高度化によりシス テムの差別化につながる光・量子技術を産学官連携および国際連携により組織的に推進しています。さらに、サイバーセキュリティの強化など、社会の緊急の要 望に迅速に対応するための要素技術を開発しています。
今年は、長距離量子伝送を担う光子から長時間量子メモリーを担うダイヤモンド中の核スピンへの量子テレポーテーション転写に世界で初めて成功し、1000km級の第三世代量子通信を可能とする量子中継器の実現に一歩迫りました。
( 長距離量子情報通信のための 量子中継技術について – 文部科学省 )

[研究詳細]

*背景

量子通信は、基本的な物理法則である量子力学の性質を利用し、盗聴者の計算能力や技術レベルに依存しない強固な安全性を保証する暗号通信技術です。量子で できた暗号鍵を配信(QKD)することで、ネット上の個人情報を安心してやり取りできるようになります。既に光子が届く100km程度の距離では東京 QKDネットワークなど実用化へ向けた運用試験が進められているものの、数100km以上の都市間ネットワークを構築する決定的な方法が見つかっていませ んでした。例えば、従来の方法で1000kmの量子通信を行おうとすると、300億年(宇宙年齢の2倍)に1ビットの暗号鍵しか生成できません。この理由 は、光子が光ファイバー中で伝送できる距離がおよそ100kmに制約されているためです。この制約を克服するためには、量子テレポーテーションと呼ぶ原理 で光子が一度では届かない遠方に量子状態を再生する量子中継が不可欠です。量子中継では、一定の間隔で配置した量子ノード間に量子もつれを生成し、量子 ノード内で量子もつれ測定を行います。従来の中継方式では、直接光子が届く区間毎に量子通信を行い、これを接続する中継ノードではいわゆる古典的な中継を 行うものでした。しかしながら、この方式では各区間での絶対安全性は確保できるものの、中継ノードでの絶対安全性を保証することはできないという致命的な 問題がありました。 

*考案手法

我々の考案した手法は、上に述べた従来の古典的な中継手法とは全く異なる完全に量子的な中継方式です。中継ノードは量子メモリーとなるダイヤモンド中の核子を持ち、光子の量子状態は電子を介して核子に量子テレポーテーション転写されます。このような量子テレポーテーション転写を 各区間で行い、古典測定ではなく量子測定を行うことで、盗聴者には絶対に情報漏えいのない量子中継が可能となります。中継のない量子通信を第一世代量子通 信と呼びます。第二世代は200km程度と比較的短距離であるため一回だけの量子中継で十分であり、確率的量子中継という量子メモリーを必要とし ない中継方式で実現できます。これに対し、第三世代と呼ばれる1000km程度と長距離になると、決定論的量子中継という量子メモリーが必要な方式が要求 され、これまでは実現の目途が立っていませんでした。本成果で示した量子テレポーテーション転写では、転写が決定論的に行われることから、この第三世代量 子中継の実現に一歩迫ったと言えます。

考案手法

量子テレポーテーション転写にはあらかじめ原子内に量子もつれを 用意する必要があります。これには物質に内在する量子もつれを利用します。原子を構成する電子と核子のスピンは超微細相互作用という量子もつれを導く力で つながっています。我々はマイクロ波やラジオ波でこの量子もつれを純粋化することから始めました。次にこの量子もつれを種とし、吸収による量子もつれ検出 の応用で光子の量子状態を核子に転写することに成功しました。

考案手法
考案手法

*動作原理と実験の詳細

・量子テレポーテーションの動作原理(下図)

あらかじめ量子1と量子2を量子もつれ状態に準備しておきます。本成果ではこれをマイクロ波やラジオ波の照射で実現しています。その後、量子3を量子1 に衝突させます。その際に、量子1と量子3が特定の量子もつれ状態にあることを検出した際に、量子3の量子状態が量子2に転写されます。

動作原理と実験の詳細
・実験の詳細

実験にはダイヤモンド中の欠陥の一種である窒素空孔欠陥(NV中心)を用いました。その窒素核子はスピンをもち、10秒間以上量子状態を保持でき、第三 世代量子中継に不可欠な量子メモリーとして最適です。量子テレポーテーション転写の量子回路は、①電子と核子の初期化、②電子と核子の量子もつれ生成、③ 光子と電子の量子もつれ検出の3つの回路ブロックに分けることができます。一見不必要に見える電子を介して光子から核子に量子状態を転写することで、従来は確率的であった転写が決定論的となります。これが決定論的中継を必要とする第三世代量子中継の要素技術となります。

実験の詳細

*実験データ

入射する光子の偏光位相を変えることで転写の忠実度を調べたものです。本実験により光子から核子への量子テレポーテーション転写の忠実度が90%以上であることを実証しました。
実験データ

*量子テレポーテーション中継システム

量子テレポーテーションによる量子中継システムの動作原理を下図に示します。まずは①ダイヤモンド内で局所的な電子と核子の量子もつれを生成します。次 に②隣接する量子中継ノードのダイヤモンドNVからの発光による電子と光子の量子もつれ生成と③吸収による光子と電子の量子もつれ検出を行うことで、隣接 ノード間に電子と核子の量子もつれを形成します。最後に④ダイヤモンド内で局所的な電子と核子の量子もつれ測定を行うことで送信者側から受信者側に渡る長 距離量子もつれを形成します。

量子テレポーテーション中継システム

*幾何学的量子ビット

本研究の基礎となる量子ビットは通常とは異なり、独自に考案した幾何学的量子ビットです。物質中には光子・電子・核子など量子が、相互作用しながら精密に動作する量子ナノシステムが自然に備わります。以下の2点の工夫でこれを制御します。
①物質に内在する対称性の破れの利用です。結晶場により分裂した準位(図中の|0>)を量子操作のための補助系とし、状態空間と操作空間を分離す ることで幾何学的量子ビットを構成します。また、光子、電子、核子全てが|0>に落ちた全真空状態を共通の初期状態として利用します。
②に物質に内在する量子もつれの力(相互作用と選択則)を引き出すための空間反転対称性の回復です。伝送を担う光子が円偏光(スピン1の縮退した|± 1>二準位)を論理量子基底とするように、処理を担う電子も記憶を担う核子もスピン1の縮退した|±1>二準位を論理量子基底とするべく、磁 場を排除して空間反転対称性を上げます。これにより基底状態のエネルギーによる識別が不可能となり、決定論的な量子テレポーテーション転写が可能となるだ けでなく、幾何学スピンエコーによる完全な時間反転操作が行え、量子メモリー時間を究極まで延ばせます。

幾何学的量子ビット

*展望とまとめ

量子テレポーテーションの準備として量子もつれが必要ですが、これにはやはり物質に内在する量子もつれが利用できます。原子を構成する電子と核子のスピ ンは超微細相互作用という量子もつれを導く力でつながっています。この量子もつれを種とし、発光による量子もつれ生成と吸収による量子もつれ検出で量子テ レポーテーションを繰り返すことで、量子もつれの距離を延ばすことができます。これにより、物質本来の量子もつれを起源とした量子通信ネットワークの実現 を目指して今後研究を進めます。
物質に内在する量子もつれを利用した量子テレポーテーションの原理により、従来の量子中継である確率的な量子中継方式から、決定的な量子中継方式への転 換を可能としました。情報通信は盗聴だけでなく、さまざまなサイバー攻撃の危機にさらされており社会的問題になっていますが、国家的あるいは世界的な規模 の量子通信ネットワークを構築できれば、物理法則によって安全性が保証された安心で健全な情報化社会を継続的に発展させることができます。

Spin state tomography of a single electron spin in a diamond with a single photon for entanglement swapping

Magneto-optical double resonance of a single NV center in diamond for photon-spin state transfer

キーワード:量子転写、量子テレポーテーション、量子中継、光子、電子スピン
専門分野:量子情報、量子物理、量子物性

TOP